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54歳・PC苦手な居酒屋店主が深夜3時のSNS作業を10分に短縮!川崎市・溝の口のAI・DX支援で売上をV字回復させた全記録

プロローグ:静寂は、心を蝕む


SNSになじめない居酒屋店主

武蔵小杉の喧騒から少し離れた住宅街に、橘雄介(54歳)の営む「季節料理 たちばな」はひっそりと佇んでいる。磨き込まれた白木のカウンターと、季節の花が生けられた小さな床の間。先代である父からこの店を継いで二十余年、雄介はただひたすらに、実直な仕事だけを信じて生きてきた。


「良い素材を、腕で活かす。それ以上も、それ以下もねえ」


それが雄"介の口癖であり、揺るぎない矜持だった。だから、世の中がインターネットだ、SNSだ、と騒ぎ始めても、どこか他人事のように捉えていた。美味いものさえ出していれば、客は自ずとついてくる。父の背中がそう教えてくれた。


しかし、その「常識」が、音を立てて崩れ始めたのはいつからだったか。


閉店後の静まり返った店内で、雄介はひとり、スマートフォンの画面を睨みつけていた。時刻は深夜1時半。今日の「仕事」の、最後の仕上げが残っていた。Instagramへの投稿だ。


『本日もご来店ありがとうございました。明日は天然の真鯛が入荷します。お造り、あら炊き、おすすめです。』


指一本で、たどたどしく文字を打ち込む。慣れない操作に、何度も打ち間違えては舌打ちをした。写真フォルダを開き、昼間に撮った真鯛の写真を眺める。厨房の蛍光灯の下で撮ったせいで、せっかくの美しい魚体が青白く、 lifelessに見えた。


「これじゃ、スーパーのパックと変わらねえな…」


独りごちて、ため息をつく。半年前に、見かねた妻・典子が「あなたも少しは勉強しなきゃ」と半ば無理やり始めさせたSNSだったが、成果は惨憺たるものだった。フォロワーは数十人。いいねは数個。そのほとんどが身内だ。若い客が「インスタを見て来ました」なんて言う日は、夢のまた夢だった。


毎晩2時間。この不毛な作業に時間を費やすたび、雄介の心はささくれ立っていった。睡眠時間は削られ、日中の仕込みにも集中できない。何より辛いのは、この孤独な努力が、誰にも届いていないという無力感だった。


店の静寂が、以前にも増して身に染みるようになった。かつては常連客の笑い声や酒を酌み交わす音で満ちていたこの空間が、今は空席ばかりが目立つ。長年通ってくれた馴染みの顔は、皆、年を重ね、少しずつ足が遠のいていった。時代の波、そして感染症の流行が、その流れを決定的にした。


ある日の夕食後、リビングでテレビを見ていると、大学生の娘・あかりが隣に座った。


「お父さん、お店のインスタ、もうちょっとやり方変えてみたら?」


来たか、と雄介は身構えた。娘の言葉には悪気がないとわかっている。だが、その純粋さが、かえって彼のプライドを刺激した。


「…何だよ、やり方ってのは」


「うーん、例えば写真かな。もっと自然光で撮るとか、お皿とか背景にもこだわるとか。文章も、『おすすめです』だけじゃなくて、お父さんがどんな想いでその鯛を仕入れたか、とか。そういうストーリーが知りたい人、多いと思うよ」


正論だった。正論だからこそ、素直に頷けなかった。


「うるせえ。こっちは一日中厨房に立ってんだ。そんな暇があるか」


吐き捨てるように言うと、あかりは悲しそうな顔で黙り込んだ。妻の典子が、やんわりと間に入る。


「あなた、あかりは心配してくれてるのよ」


「わかってる!だがな、料理人が写真だの文章だのにうつつを抜かしてどうするんだ。本分は味だろうが」


売り言葉に買い言葉。家族の間に、気まずい沈黙が落ちた。雄介は自室にこもり、一人でグラスに焼酎を注いだ。わかっているのだ。あかりの言うことが正しいことも、自分が時代についていけていないことも。だが、認めてしまえば、今まで信じてきた自分の二十年間が、全て否定されるような気がして怖かった。


その夜も、雄介は眠れずにスマートフォンの光を見つめていた。ふと、娘の言葉が脳裏をよぎる。


『ストーリーが知りたい人、多いと思うよ』


もし、俺のこだわりや想いを、俺の代わりに言葉にしてくれる「何か」があるとしたら…?


鬼の霍乱か、あるいは何かに憑かれたように、雄介は検索窓に文字を打ち込んだ。


「中小企業 経営支援 AI 川崎」


いくつかの企業名が並ぶ中に、一つの言葉が目に留まった。


『かわさき楽AIサポート』


― AIで楽に、時間を自由に。―


そのキャッチコピーが、まるで自分の心を見透かしているかのように、まっすぐに突き刺さった。初回相談は無料。雄介は、誰にも見られていないことを確認しながら、震える指で問い合わせフォームを開いた。


第一章:AIという名の黒船(川崎市・溝の口のAI・DX支援)


かわさき楽AIサポートでAIの実力に驚く店主

約束の日、雄介は緊張した面持ちで、溝の口駅近くのオフィスビルを見上げていた。小綺麗なエントランスを抜け、目的のフロアへ。ドアの前に立ち、一度、ごくりと唾を呑み込んでからチャイムを鳴らした。


「こんにちは、橘様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」


にこやかに出迎えてくれたのは、久本と名乗る40代前半の男性だった。柔らかな物腰と、清潔感のあるカジュアルな服装に、雄介は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。


通された相談室は、温かみのある木目調のインテリアで統一されていた。久本が淹れてくれたコーヒーを一口飲み、雄介は意を決して口を開いた。


「まあ、その…娘に言われて、渋々来てみただけでして。正直、AIだのDXだのってのは、よくわからんのです」


プライドが邪魔をして、素直に「助けてほしい」と言えない。つい、予防線を張ってしまう。久本は、そんな雄介の心中を見透かしたように、穏やかに微笑んだ。


「お気持ち、よくわかります。皆さん、最初はそうおっしゃいますよ。ですが、橘さんのように、ご自身の仕事に強いこだわりと誇りをお持ちの方こそ、AIは強力な味方になるんです」


「…どういうことです?」


「AIを『何でもできる魔法の箱』だと思われている方が多いのですが、少し違うんです。AIは料理でいうところの、『最高の出汁』のようなものだと、私は考えています」


「出汁…?」


思わぬ例えに、雄介は目を瞬かせた。


「はい。どんなに素晴らしい出汁があっても、素材が悪ければ美味しい料理は作れませんよね。AIも同じです。橘さんが長年培ってこられた経験、技術、料理への想いという最高の『素材』があって初めて、AIはその味を最大限に引き出すことができるんです。私達の仕事は、そのための出汁の引き方を、橘さんと一緒に見つけることです」


その言葉は、雄介の凝り固まった心を、ゆっくりと解きほぐしていくようだった。この男は、俺の仕事を、俺が生きてきた道を、否定しない。むしろ、尊重してくれている。そう感じられた。


「…実は」


雄介は、堰を切ったように話し始めた。SNSでの苦戦、売上の減少、常連客の高齢化、そして、どうすれば自分の料理の価値が伝わるのかわからないという、深い悩み。最初は強がっていたのが嘘のように、彼は自分の弱さをさらけ出していた。


久本は黙って、時折相槌を打ちながら、最後まで真摯に耳を傾けてくれた。そして、雄介が話し終えるのを待って、ノートパソコンの画面を彼に向けた。


「では橘さん、早速ですが、AIとの対話を体験してみましょう。これはChatGPTという、文章を作るのが得意なAIです」


久本はキーボードを叩き始めた。


「まず、橘さんの店の看板メニューは何ですか?」


「…鯛の、あら炊き、ですかな。父の代から継ぎ足している煮汁で、じっくり炊き上げます」


「素晴らしいですね。その『こだわり』を、AIに伝えてみましょう」


久本が打ち込んだ文字が画面に映し出される。


『あなたは、食通を唸らせるベテランの食レポーターです。これから伝える情報を元に、季節料理「たちばな」の看板メニュー「鯛のあら炊き」を紹介する、人の心を動かすようなInstagramの投稿文を作成してください。』


「これが一つ目のコツ、『役割を与える』です。AIに特定のキャラクターになりきってもらうんです」と久本が説明する。続けて、彼は雄介から聞き取った情報を打ち込んでいく。


『【情報】

・店主は道二十余年の職人、橘雄介。

・父の代から継ぎ足し続けている、秘伝の煮汁を使用。

・骨までしゃぶりたくなるほど、味が深く染み込んでいる。

・見た目は地味だが、食べればわかる本物の味。

・この一品のために遠方から通う常連客もいる。』


「これが二つ目のコツ、『具体的な情報を与える』。まさに『素材』の部分ですね」


Enterキーが押された。数秒の沈黙の後、画面に文章が流れ始めた。


『【川崎の夜に、本物の味を知る。】


煌びやかなネオンも、奇をてらった演出もない。ここに在るのは、ただ、実直な仕事と、揺るぎない味への信念。


季節料理「たちばな」の暖簾をくぐり、ぜひ味わっていただきたいのが、この「鯛のあら炊き」だ。


見た目は、どこまでも地味。だが、一口箸を入れれば、その概念は覆される。ほろりと崩れる柔らかな身に、父の代から受け継がれ、幾多の魚の旨味を吸い込んできた秘伝の煮汁が、深く、深く染み渡っている。甘辛く、それでいて上品なその味わいは、骨の髄までしゃぶり尽くしたくなるほどの引力を持つ。


「このあら炊きのために、また明日も頑張れるんだよ」


そう言って笑う常連客の顔が、この一皿の価値を何よりも雄弁に物語る。


今夜は少しだけ遠回りして、本物の職人技に酔いしれてみませんか。



「…………」


雄介は、言葉を失っていた。自分が表現したくてもできなかった、この料理に込めた想い、歴史、そして客への感謝。その全てが、美しく、力強い言葉で紡ぎ出されていた。まるで、自分の頭の中に直接入り込み、心を代弁してくれたかのようだった。


「どうですか、橘さん」


「…すごい。俺が言いたかったことは、これだ」


声が、わずかに震えていた。


「AIは、橘さんの言葉を待っているんです。橘さんの経験という『最高の素材』を、どう料理してほしいか、注文するだけなんです」


その日、雄介は自分の店がまだ沈んでいないこと、そして「AI」という名の黒船が、敵ではなく、強力な追い風になりうることを、確信した。


第二章:厨房から生まれた小さな革命

苦手なパソコンを勉強する店主

AIとの衝撃的な出会いから一週間。雄介の日常は、少しずつ、しかし確実に変化し始めていた。


あれほど苦痛だった夜中のSNS投稿作業は、嘘のように様変わりした。久本に教わった通り、AIに「食レポーター」や「常連客」の役割を与え、その日のメニューのこだわりを伝える。すると、ものの数分で、温かみと魅力にあふれた投稿文が完成した。作業時間は2時間から10分へと劇的に短縮され、何より精神的な負担がなくなったことで、雄介は久しぶりに夜、ぐっすりと眠れるようになった。


投稿を始めて数日後、娘のあかりが驚いたように言った。


「お父さん、最近のインスタ、すごくいいね!文章、どうしたの?誰かに頼んでる?」


「…まあな。ちょっとした、相談相手ができたんだ」


雄介は、少し照れくさそうにそう答えるのが精一杯だった。


初回面談から一ヶ月が経った頃、久本から次の提案があった。


「橘さん、AIの活用に慣れてこられましたね。素晴らしいです。次は、SNS運用だけでなく、お店の運営そのものを『仕組み化』して、もっと楽をしながら、お店を強くしていきませんか?」


「仕組み化…?」


「はい。橘さんのような職人の方は、全ての仕事を記憶と経験則に頼りがちです。それは素晴らしいことですが、時にはご自身を追い詰める原因にもなります。そこで、デジタルツールを使って、日々の業務を整理・効率化するんです」


久本が提案したのは、意外なほどシンプルなものだった。


最初の取り組みは、「デジタル仕込みノート」の作成だった。これまで雄介は、長年の勘を頼りに、その日の仕込み内容や量を頭の中だけで管理していた。それを、久本が教えてくれた「Googleスプレッドシート」という無料の表計算ツールに入力していくのだ。


「こんな面倒なこと…」


最初は強い抵抗があった。手で書く方が早い、と。しかし、久本は辛抱強くその利点を説いた。


「一度リストを作れば、毎日コピーして修正するだけで済みます。仕入れの量も記録しておけば、『先週の金曜はこれくらい出たから、今週は少し多めに仕込もう』という客観的な判断ができます。何より、スマートフォンがあれば、市場での買い出し中にでも確認できますよ」


言われた通り、半信半疑で始めてみると、その便利さに驚いた。頭の中が整理され、仕込みの段取りがスムーズになる。仕入れすぎによる食材のロスも、目に見えて減った。


次に着手したのは、長年の課題だった「写真」だ。


「料理の写真は、営業中に撮る必要はありません。むしろ、撮ってはいけません」と久本は断言した。


「一番良いのは、営業前の午後、西日の射す明るい時間帯に、その日出す予定の料理をいくつかまとめて撮影しておくことです」


さらに、娘のあかりもこの「革命」に加わった。


「お父さん、このお皿より、こっちの黒いお皿の方が鯛の色が映えるよ」「背景に、このおちょこと徳利をちょっとだけ写り込ませると、物語が生まれるんだよ」


あかりは、現代的な感性で次々とアドバイスをくれた。雄介は、娘の的確な指摘に舌を巻きながら、言われた通りにカメラを構える。すると、自分のスマートフォンで撮ったとは思えないほど、艶やかで生命力のある料理写真が撮れた。


「…ほう」


写真の出来栄えに、雄介自身が一番驚いていた。


予約台帳も、手書きのノートから「Googleカレンダー」に移行した。これにより、妻の典子も自宅のパソコンから予約状況を確認できるようになり、「来週は団体さんの予約が入っているから、人手を考えないとね」といった具体的な相談ができるようになった。


一つ一つの変化は、とても小さい。だが、それらが組み合わさることで、店の運営は劇的に効率化された。何より大きな変化は、雄介自身の心の中に起きていた。


これまで「面倒だ」「俺の仕事じゃない」と毛嫌いしていたデジタルツールが、いつしか彼にとって、新しい「調理器具」のような存在になっていた。スプレッドシートのセルを埋める作業は、まるで野菜の皮を剥く下ごしらえのように。カレンダーに予約を入力するのは、明日の献立を組み立てる楽しみのように。


彼の厨房は、単に料理を作る場所から、データを分析し、仮説を立て、改善を試みる「研究室」へと、静かに姿を変え始めていた。


第三章:頑固親父、コードを学ぶ

プログラミングを学んでいる店主
プログラミングを学んでいる店主

仕組み化によって生まれた時間と心の余裕は、雄介の職人としての魂を再び燃え上がらせた。彼は新しい料理の開発に没頭するようになった。AIに「鯛のあら炊きの煮汁を応用した、若い女性向けの新しいメニューを10個提案して」と壁打ちをすると、「あら炊き出汁の和風リゾット」や「煮汁を使った出し巻き卵」など、自分では思いもよらないアイデアが返ってくる。それを元に試作を重ねる日々は、充実感に満ちていた。


店の雰囲気も、少しずつ変わってきた。質の高い写真と心に響く文章で綴られるSNSを見て、新しい客が訪れるようになったのだ。最初は恐る恐る暖簾をくぐっていた若いカップルや女性グループが、雄介の実直な料理と、妻・典子の温かなもてなしに触れ、常連になっていくケースも増えてきた。


そんなある日、久本が少し興奮した面持ちで切り出した。


「橘さん、素晴らしい成果ですね。もうすっかりAIと仕組みを使いこなされています。もし、ご興味があればですが…次のステップに進んでみませんか?」


「次のステップ?」


「はい。簡単なプログラムを覚えて、橘さんだけの『自動化の仕組み』を作るんです。そうすれば、もっと面白いことができますよ」


「ぷろぐらむ…?」


雄介の顔が、露骨にこわばった。横文字のアレルギーが、またぶり返してきた。


「冗談じゃない。俺がか?この俺が、コンピューターのあの、意味のわからん文字を打つってのか。無理に決まってる」


雄介は、珍しく声を荒らげた。AIとの対話やツールの操作は、あくまで「使う」側だった。だが、プログラムを「作る」というのは、全くの異次元の話に思えた。それは、自分のような人間が足を踏み入れてはならない、聖域のようなものだと感じていた。


久本は、雄介の激しい拒絶に驚きもせず、静かに頷いた。


「おっしゃる通りです。簡単ではありません。ですが、橘さんならできるかもしれない、と思ったんです。なぜなら、橘さんには『何のためにそれを作るのか』という、明確な目的があるからです」


久本は無理強いせず、一つの事例をパソコン画面で見せた。それは、過去の店の売上データと、一週間分の天気予報のデータを読み込み、「明日の最適な仕入れ量」を予測してリストアップするという、ごくシンプルなプログラムだった。


「例えば、このプログラムがあれば、雨の日は煮込み料理の需要が増えるから大根を多めに、とか、気温が上がる週末はビールの売上が伸びるから枝豆を多めに、といった判断を、経験則だけでなくデータも元に行えるようになります。結果として、食材のロスをさらに減らせるかもしれません」


「…食材のロスを、減らせる…?」


その一言が、雄介の心を強く揺さぶった。食材は、生産者が丹精込めて育てた命だ。それを無駄にすることは、料理人として最大の恥であり、罪悪だった。もし、それを防げるのなら…。


「…俺に、できると思うのか」


「一人では難しいでしょう。ですが、私や、あかりさんもいらっしゃいます。三人でなら、きっとできます」


その日から、雄介の新たな挑戦が始まった。週に一度、久本が店を訪れ、プログラミングの家庭教師をしてくれることになった。最初は、画面に「こんにちは」と表示させるだけの、簡単なコードから。


`print("こんにちは、たちばな")`


自分の打った文字で、コンピューターが命令通りに動く。その小さな成功体験が、不思議な高揚感を雄介にもたらした。


もちろん、道は平坦ではなかった。スペルミス、全角と半角の間違い、カッコの閉じ忘れ。些細なミスで、プログラムはすぐに動かなくなる。画面に表示される赤いエラーメッセージを見るたびに、雄介は頭を抱え、何度も「もうやめだ!」と叫んだ。


そんな時、助け舟を出してくれたのが、娘のあかりだった。大学の一般教養でプログラミングの基礎をかじっていたあかりは、雄介の書いたコードを覗き込み、いとも簡単に間違いを見つけてくれる。


「お父さん、ここのカンマが全角になってるよ」「この変数の名前、上で定義したのと違うじゃん」


「う、うるせえな!わかってる!」


悪態をつきながらも、雄介は娘の助言に素直に従った。父が娘に教えを乞う。それは、数ヶ月前の彼には考えられない光景だった。頑固な職人親父と、デジタルの知識を持つ現代的な娘。二人の共同作業は、夜の厨房で続いた。


数週間後、ついに目標としていた「仕入れ予測プログラム」の原型が完成した。過去の売上データを打ち込み、実行ボタンを押す。すると、画面に「明日の推奨仕入れリスト」がずらりと表示された。


【推奨仕入れリスト】

・真鯛:2尾(週末のため、通常より多め)

・大根:5本(明日、雨予報のため煮物需要増を予測)

・枝豆:15人前(気温上昇、ビール注文増を予測)

...


「…動いた。俺が…コンピューターを、動かした…」


雄介は、画面を見つめて呆然と呟いた。それは、初めて魚を三枚におろせた日の感動にも似た、純粋な達成感だった。


AIが博識な「相談相手」だとしたら、自分で作ったプログラムは、不器用だが忠実に言うことを聞く「弟子」のようだった。雄介の中で、デジタルへの恐怖心は、新たな道具を手に入れた職人の好奇心と愛着へと、完全に姿を変えていた。


第四章:再び、暖簾に灯がともる



AIと自作の仕組みを駆使するようになって、半年が過ぎた。季節料理「たちばな」は、まるで長い眠りから覚めたかのように、活気を取り戻していた。


質の高いSNS投稿は、新しい顧客層を確実に引き寄せた。近隣に住む30代の夫婦が記念日に利用してくれたり、グルメな女性たちが「あのあら炊きが食べてみたくて」と連れ立って訪れたり。白木のカウンターは、多様な世代の客で賑わうようになった。


データに基づいた仕入れとメニュー構成は、食材のロスを3割以上削減し、店の経営状態を劇的に改善させた。何より大きかったのは、雄介自身の変化だ。


生まれた時間と心の余裕は、彼の創作意欲を刺激した。彼はまるで水を得た魚のように、新しい料理の開発に没頭した。AIに「春菊と日本酒を使った、斬新な前菜を考えて」と問いかければ、「春菊の白和え、酒粕とクリームチーズ風味」といったヒントが返ってくる。そのアイデアを元に、自身の経験と技術を掛け合わせ、唯一無二の一皿を創り出す。そのプロセスは、この上なく創造的で、楽しかった。


長年の常連客も、店の変化を喜んでくれた。

「親方、最近なんだか顔つきが明るいねえ。新しい料理も、昔ながらの味も、どっちも美味いよ」


妻の典子も、嬉しそうに言う。

「あなた、お店を始めた頃みたいに、楽しそうに料理を作るようになったわね」


家族の間に、失われかけていた笑顔と会話が戻ってきた。雄介は、仕事の充実だけでなく、人生そのものの豊かさを取り戻しつつあった。


ある金曜の夜だった。店が賑わいのピークを迎え、雄介が厨房で戦場のような忙しさに追われていると、カウンターの隅に座っていた若い女性客に、典子が話しかけているのが聞こえた。


「あら、あかりちゃんのお友達だったのね!いつも娘がお世話になっております」


雄介は、調理する手を一瞬止めて、そちらに目を向けた。客の女性は、にこやかに典子に答えていた。


「はい。あかりから、いつもお父さんのお店の話を聞いていて。SNSもすごく美味しそうで、ずっと来たかったんです。お料理、本当に美味しいです!」


その言葉を聞いた瞬間、雄介の胸に熱いものがこみ上げてきた。


自分の知らないところで、娘が、あのあかりが、俺の店を、俺の料理を、友達に自慢してくれていた。SNSのことで口論し、反発してばかりいた父親の仕事を、誇りに思ってくれていた。


客の波が引き、店が落ち着きを取り戻した後、雄介は洗い物をしている典子の隣に、そっと立った。


「…なあ、典子」


「なあに、あなた」


「俺、間違ってたよ。ずっと、一人で意地張って、殻に閉じこもってた。あかりにも、お前にも、つらく当たって…悪かった」


それは、雄介が何年も口にできなかった、素直な謝罪の言葉だった。典子は、優しく微笑んで、濡れた手でそっと彼の腕に触れた。


「いいのよ。あなたは、ずっと一人でこの店を守ろうと、必死だったんだもの。私、知ってるわ」


その夜、雄介は久しぶりに、心から笑いながら酒を飲んだ。暖簾の向こう側で輝く店の灯りが、まるで自分自身の未来を照らしているように、温かく感じられた。


エピローグ:学び、そして生きる


あれから、一年が過ぎた。

季節料理「たちばな」は、今や新旧の客が和やかに集い、予約なしでは入れないほどの人気店として、地元で愛されている。


雄介にとって、AIやデジタルツールは、もはや得体の知れない黒船ではない。長年使い込んだ包丁や、手によく馴染んだ鍋と同じ、自分の仕事を助けてくれる、かけがえのない「道具」の一つだ。


毎朝、彼はその日の天気と、自作のプログラムが弾き出した需要予測を確認し、市場へ向かう。厨房では、AIとアイデアの壁打ちをしながら、季節の素材と向き合う。その姿は、かつての頑固な職人親父の面影を残しつつも、どこか軽やかで、楽しげだ。


先日、「かわさき楽AIサポート」の久本が、ふらりと客として店に顔を出してくれた。カウンターで酌み交わしながら、久本は言った。


「橘さんが手に入れられた本当の宝物は、技術や知識そのものではないのかもしれませんね」


「…というと?」


「『変化を恐れず、学び続けることの楽しさ』そのもの。それこそが、これからの時代を生き抜く、最強の武器なんだと、橘さんを見ていて改めて教えられました」


雄介は、黙って頷き、熱燗をくいと呷った。久本の言う通りだった。54歳にして知った、新しいことを学ぶ喜び。できなかったことができるようになる達成感。それが、錆びつきかけていた自分の人生に、もう一度油を差し、輝かせてくれた。


今日も、雄介は磨き抜かれた厨房に立つ。その目は、二十余年の経験に裏打ちされた職人の誇りと、明日への尽きぬ好奇心に、力強く輝いている。


学び続ける限り、人はいつでも、何度でも、新しい自分を始めることができるのだ。川崎の片隅にある小さな店の暖簾が、それを静かに証明していた。





川崎市・溝の口のAI・DX支援:かわさき楽AIサポート

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