top of page

川崎市の引きこもり支援|AIで未来を描いた少女の物語【武蔵新城】

プロローグ:『いいね』が怖い。フィルター越しの私と、開かないドア



カーテンの隙間から差し込む六月の光が、部屋の埃をきらきらと照らし出している。でも、桜井日菜(さくらいひな)の世界は、光の届かないベッドの上にあった。手に持ったスマートフォンの画面だけが、彼女の唯一の窓であり、同時に壁でもあった。



画面には、友人たちの「完璧な日常」が洪水のように流れてくる。


『ミサキと原宿でパンケーキなう!マジ卍!』


『期末おつ!みんなでカラオケ!喉枯れたー笑』


『新作コスメGET♡これで夏は無敵!』



楽しげな写真。無邪気な笑顔。ハッシュタグで飾り付けられた、きらびやかな言葉の羅列。日菜は、その一つ一つに、親指でゆっくりとハートマークをタップしていく。赤いハートが画面に浮かび上がるたび、胸の奥がチクリと痛んだ。



「……いいね」


誰にも聞こえない声で呟く。本当は、全然「よくない」。羨ましくて、妬ましくて、苦しい。彼女たちがいる世界は、自分がいるこの薄暗い六畳間とは、まるで違う星の出来事のようだった。


画面の右上には、日菜自身のアカウントのアイコンが表示されている。それは、数ヶ月前に撮った奇跡の一枚だった。完璧な角度、完璧な光、そして何種類もの加工アプリを駆使して、シミ一つ、ニキビ一つない陶器のような肌に仕上げた「理想の私」。現実の自分とは似ても似つかないその顔は、152件の「いいね」を獲得していた。


ふと、日菜はスマートフォンの画面を消した。真っ暗になったディスプレイに、ぼんやりと自分の顔が映り込む。伸びっぱなしのぱさついた前髪。目の下にこびりついた青黒い隈。最後に笑ったのはいつだったか、もう思い出せない、生気のない顔。


これが、現実。


これが、フィルターを剥がした、本当の私。


込み上げてくる吐き気に、日菜はぎゅっと目を閉じた。スマートフォンの光は、希望の灯りなどではなかった。それは、自分の惨めさを浮き彫りにする、残酷なサーチライトだ。


「日菜! いつまで寝てるの! もうお昼だよ!」


階下から、祖母のトメの甲高い声が聞こえる。その声が、見えない棘となって日菜の鼓膜を刺した。うるさい。分かってる。分かってるから、放っておいて。


日菜は毛布を頭まで引き被り、世界との間に、もう一枚の壁を作った。開けることをやめた部屋のドアと同じくらい、分厚くて冷たい壁を。


ほんの半年前まで、日菜も「あちら側」の人間だった、と自分では思っている。


中学二年生に進級した春。日菜は、クラスの中心グループに、なんとか属することができていた。リーダー格のミサキ、オシャレなアヤカ、おっとりしているけれど情報通のユリ。彼女たちの会話に、日菜は必死でついていった。


「このティント、マジで落ちないよ。日菜も買うべき!」


「週末、駅前のカフェ行かない? インスタ映えするらしいよ」


「推しのライブ、当落出たんだけどさ……」


本当は、コスメよりも画材コーナーにいる方が好きだった。流行りのカフェより、図書館の静けさの方が落ち着いた。でも、仲間外れになるのが怖くて、「そうだね」「すごい」「わかるー」と、相槌を打つだけのロボットになった。自分の意見なんて、どこにもなかった。ただ、笑顔のフィルターを顔に貼り付けているだけ。


心がすり減っていくのが、自分でも分かった。


決定的な出来事は、些細なことだった。グループでの雑談中、少しだけぼーっとしてしまったのだ。考え事をしていたのかもしれない。ただ、疲れていただけかもしれない。


「……で、日菜はどう思う?」


ミサキに話を振られ、日菜は咄嗟に反応できなかった。一瞬の沈黙。気まずい空気が流れた。その時、誰かが小さな声で言った。


「日菜ってさ、なんか、上の空だよね」


悪意のない、何気ない一言だったのかもしれない。でも、その言葉は、日菜が貼り付けていた笑顔のフィルターを、バラバラに引き裂いた。


──ああ、バレてたんだ。


──私が、本当は楽しくなんてないって。


──無理して、ここにいるだけだって。


次の日から、日菜はグループの輪の中に、自分の居場所を見つけられなくなった。彼女たちが笑い合っていても、その声は遠くに聞こえた。透明な壁が、自分と彼女たちの間にできてしまったようだった。誰も日菜を責めなかったし、無視もしなかった。でも、日菜自身が、彼女たちの輪に入ることを拒絶してしまった。


学校へ行くのが、怖くなった。


教室にいるのが、苦しくなった。


誰かの視線が、自分の醜さを暴いているように感じた。


「お腹が痛い」


「頭が痛い」


嘘を重ねるうちに、本当に体調が悪くなっていった。朝、起き上がれない。めまいがする。世界がぐにゃりと歪んで見える。病院では「起立性調節障害の疑い」と言われた。それは、学校を休むための、都合のいい免罪符になった。


そうして、日菜の部屋のドアは固く閉ざされた。


小学生の頃、絵を描くのが大好きだった。コンクールで賞をもらったこともある。部屋の隅には、ほこりをかぶったイーゼルと、色褪せた絵の具のパレットが置かれている。かつては、虹の色よりも多くの色彩で満たされていたパレットは、今や日菜の心の中と同じように、乾ききって、くすんだ色しか残っていなかった。


もう、何も描きたいものなんて、なかった。


桜井家は、武蔵新城の駅から少し歩いた、静かな住宅街にある。築40年の木造住宅で、日菜と母の美咲、そして母方の祖父母である健一とトメが暮らす三世代同居の家だ。


「いただきます」


昼食の席。ダイニングテーブルには、美咲、健一、トメの三人が座っていた。日菜の席は、空席のままだ。


「また部屋から出てこないのかい。美咲、あんた、もっとちゃんと母親として言いなさいよ。『いつまで甘えてるんだ』って」


焼き魚の骨を器用に分けながら、祖母のトメが言った。心配からくる言葉だと分かっていても、その口調には棘がある。


「お義母さん、日菜は甘えてるんじゃなくて…」


「病気? 体が悪い? だったら病院に連れて行けばいいだろう。私たちの時代はね、少々熱があったって学校は休まなかったもんだよ。一日中、部屋でスマホばかりいじって……あれが良くないんだ、まったく」


トメにとって、孫娘の「引きこもり」は理解不能な現象だった。外で元気に遊び、友達と笑い合うのが子供の「あるべき姿」。それ以外の状態は、すべて「甘え」か「怠け」に分類されてしまう。


美咲は、言い返す言葉を飲み込んだ。何を言っても「昔はこうだった」という話になるのは目に見えている。隣では、祖父の健一が黙って湯呑みのお茶をすすっていた。元・建具職人の彼は、昔から口数が少ない。孫娘のことも心配しているのだろうが、その気持ちを言葉にすることはなかった。ただ、家のきしむ音や、窓の外を走る南武線の電車の音だけが、気まずい沈黙を埋めていた。


この家の中には、見えない境界線がいくつも引かれている。


日菜と社会との境界線。


トメの価値観と、現代の子供たちの心の境界線。


そして、娘を心配する美咲の思いと、日菜の閉ざされた心との境界線。


誰も悪くない。みんな、自分の立場で必死なだけだ。でも、その思いはバラバラの方向を向き、不協和音を奏でている。まるで、チューニングの狂ったオーケストラのようだった。



「ただいま……」


夕方、美咲はパート先の物流センターから帰ってきた。惣菜の入ったスーパーの袋を提げ、疲労の滲む体を引きずるようにして玄関のドアを開ける。家の中は、昼間と同じように静まり返っていた。


美咲は、まず二階へ向かった。


日菜の部屋のドアの前で、そっと立ち止まる。


「日菜? お母さんだけど……帰ったよ」


返事はない。


中の気配を探るように、耳を澄ます。何も聞こえない。生きているのかどうかさえ、不安になる。


「今日ね、パート先で新しい人が入ってきたの。ベトナムから来た子でね、すごく日本語が上手で……」


ドアに向かって、一方的に話しかける。これが、最近の美咲の日課になっていた。日菜が聞いているかどうかも分からない。でも、こうしていないと、母親としての自分を保てそうになかった。


「……夕飯、おにぎり作っておくからね。お腹が空いたら、食べてね」


言い終えると、深いため息が漏れた。どうしてこうなってしまったのだろう。小学生の頃の日菜は、本当に明るい子だった。商店街を歩けば、あちこちの店の人に「ひなちゃん!」と声をかけられる人気者。公園で、泥だらけになるまで絵を描いていた。あの頃の娘は、どこへ行ってしまったのか。


美咲は、自分の子育てが間違っていたのではないかと、毎日自分を責めていた。シングルマザーとして、仕事と家事に追われ、娘と向き合う時間が足りなかったのではないか。日菜の小さなSOSに、気づいてあげられなかったのではないか。


後悔と無力感が、鉛のように肩にのしかかる。


そっとドアノブに手をかけたが、鍵がかかっているのか、びくともしない。


物理的な距離は、ほんの数センチ。


なのに、心の距離は、宇宙の果てよりも遠く感じられた。



その日も、美咲は疲れきって商店街を歩いていた。あいもーるアルコから武蔵新城あいもーるへと続くアーケード。行き交う人々の活気が、今の自分には眩しすぎる。ふと、馴染みの文房具店の店先に、地域の情報を集めた掲示板があるのが目に入った。


子供向けのお祭りのお知らせ、フリマの案内、迷い猫のポスター。普段なら気にも留めずに通り過ぎる。だがその日、美咲の目は、一枚の真新しいチラシに吸い寄せられた。


『かわさき楽AIサポート』

その不思議な名前に、まず興味を引かれた。


『不登校・引きこもりのお子様の学習支援。ITやAIの力で、新しい学びの形を見つけませんか?』


「……AI?」


美咲は、その言葉の意味を正確には知らなかった。なんとなく、コンピューターとか、ロボットとか、そういう未来的なものだろうという程度の認識だ。怪しい。最初はそう思った。でも、チラシを読み進めるうちに、その考えは少しずつ変わっていった。


そこには、具体的な事例がいくつか紹介されていた。

『ゲーム好きの少年が、プログラミングを学んで自信を取り戻したケース』


『オンラインでの交流を通じて、他者とのコミュニケーションを再開したケース』


そして、美咲の心を鷲掴みにしたのが、次の一文だった。


『絵を描くのが好きなのに、描けなくなってしまったお子さんが、AI画像生成ツールとの出会いをきっかけに、再び創作の喜びを取り戻しました』


──絵を描くのが好きだった、あの子。


美咲の脳裏に、太陽の絵をクレヨンで無心に描いていた、幼い日菜の姿が蘇った。あの、キラキラした瞳。自分の「好き」に夢中になっていた、純粋な情熱。


チラシには、このサポートを主宰する「森武志」という男性の写真が載っていた。川崎市で生まれ育ち、この街で子供たちの力になりたい、という思いが綴られている。


美咲は、気づけばそのチラシを一枚、そっと剥がしていた。


藁にもすがる思い、とはこのことだろうか。


これが正しいことなのか、分からない。もっと日菜を追い詰めてしまうかもしれない。でも、何もしなければ、何も変わらない。このまま、あの子が部屋の中で心を枯らしていくのを見ているだけなんて、もう耐えられない。


帰宅した美咲は、夕食の準備を終えた後、例のチラシを手に、再び二階の日菜の部屋の前に立った。


ノックはしない。


声もかけない。


ただ、ドアの下の隙間から、そのチラシをそっと差し入れた。


紙が、フローリングの上を滑る、かすかな音。


それが、美咲にできる、精一杯のことだった。


部屋の中では、日菜がベッドの上で相変わらずスマートフォンを眺めていた。友人たちのSNSは、もう見飽きた。かといって、他にやることもない。時間が、まるで水飴のように、どろりと引き伸ばされて過ぎていく。


その時、ドアの下から、白い紙がスッと差し込まれるのが見えた。


またお母さんだ。何かのお説教が書かれた手紙だろうか。日菜は無視を決め込んだ。どうせ、「学校へ行きなさい」「みんな心配してる」その程度の言葉に決まっている。


だが、しばらくしても母は何も言ってこない。階下へ降りていく足音だけが聞こえた。


静寂が戻る。


日菜は、床に落ちたチラシに、なんとなく視線を向けた。


『かわさき楽AIサポート』


なんだろう、これ。


気まぐれに、ベッドから這い出してそれを拾い上げる。


「引きこもり」「学習支援」という文字が目に飛び込んできて、反射的に顔をしかめた。やっぱり、そういうことか。


チラシを丸めて捨てようとした、その瞬間。


ある言葉が、日菜の動きを止めた。


『AIで、あなただけの世界を描いてみませんか?』


AI。描く?


どういうことだろう。コンピューターが、絵を描くっていうこと?


日菜の頭に、小学生の頃に使っていた絵の具のパレットが浮かんだ。赤、青、黄色、緑……たくさんの色を混ぜ合わせて、新しい色を作り出すのが好きだった。でも、今はもう、自分のパレットは空っぽだ。描きたいものなんて、何もない。描けるものなんて、何もない。


でも、もし。


もし、AIというのが、新しい絵の具なのだとしたら?


自分にはない色を、持っているのだとしたら?


キラキラした友人たちの世界じゃない。


フィルターで加工した、偽物の私でもない。


誰も知らない、私だけの世界。


そんなものが、もし描けるのなら──。


日菜は、固く握りしめていたスマートフォンの電源を、ゆっくりと入れた。そして、検索窓に、震える指で打ち込む。


「A I 絵 描 く」


それは、固く閉ざされたドアの向こう側へ続く、ほんの小さな、小さな検索窓。


武蔵新城の片隅で、色を失った一人の少女が、まだ見ぬ「AI」という名の絵筆を、そっと拾い上げた瞬間だった。



第1回:AIとの「魔法の対話術」


あの日、ドアの下から差し込まれた一枚のチラシは、静まり返っていた日菜の心に、小さな波紋を広げた。最初は無視していた。「AIで絵を描く」という言葉の意味が分からず、ただ胡散臭いだけだと感じていた。だが、他に何もすることがない時間は、嫌でも思考を巡らせる。日菜は結局、ベッドから這い出し、スマートフォンの検索窓に『かわさき楽AIサポート』と打ち込んでいた。


トップに表示されたのは、簡素ながらも清潔感のあるウェブサイトだった。そこには、主宰者である森武志という人物のブログへのリンクがあった。タップすると、不思議な画像が次々と目に飛び込んでくる。『宇宙を泳ぐクジラ』『桜吹雪の駅に停車する蒸気機関車』『ステンドグラスでできた森』。どれも、写真のようでありながら、現実にはありえない、幻想的で美しい光景だった。記事には、これらの画像がAIによって生成されたものであること、そして、その元になったのは「呪文」のような言葉の組み合わせ(プロンプト)であることが書かれていた。


「……すごい」


思わず、声が漏れた。フィルターで加工された友人たちの「完璧な日常」とは全く違う。誰かの真似でも、見栄でもない。そこには、純粋な創作の世界が広がっていた。こんな世界があるなんて、知らなかった。日菜は、その日から何度もサイトを訪れ、自分でも気づかぬうちに、そこに掲載されたAIアートを飽きることなく眺めるようになっていた。


一方で、母の美咲は、祈るような気持ちで数日を過ごしていた。日菜の部屋からは、何の反応もない。チラシはゴミ箱に捨てられてしまったのだろうか。自分のしたことは、余計なお世話だったのだろうか。不安が募り、仕事中もため息ばかりついていた。このままではいけない。後悔するくらいなら、動こう。美咲は心を決め、昼休みにパート先の休憩室の隅で、チラシに書かれていた番号に電話をかけた。


「はい、かわさき楽AIサポートの森です」


電話口から聞こえてきたのは、想像していたよりもずっと穏やかで、落ち着いた男性の声だった。美咲は緊張しながら、娘の状況を話し始めた。学校へ行けなくなったこと、部屋に引きこもっていること、かつては絵を描くのが好きだったこと。言葉は途切れ途切れで、自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。だが、電話の向こうの男性は、急かすことなく、うん、うんと相槌を打ちながら、静かに耳を傾けてくれた。


「お母さん、よくお電話くださいました。一番お辛いのは日菜さんご本人でしょうけれど、同じくらい、お母さんもお辛かったですよね。今まで、本当によく頑張ってこられましたね」


その優しい言葉に、美咲の目から涙が溢れそうになった。誰かに「頑張ってるね」と認められたかったわけではない。でも、自分の苦労を分かってくれる人がいた、というだけで、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩んだ気がした。


森さんは、一度お母さんとだけでもお会いしてお話をしませんか、と提案してくれた。場所は、武蔵新城駅の近くにある、昔ながらの喫茶店に決まった。


数日後、森さんは約束通り、桜井家を訪れた。喫茶店で話すうちに、森さんが「もしご迷惑でなければ、一度ご自宅の空気を感じさせていただけますか。日菜さんに無理に会おうとはしません。ただ、お母さんとのお話の続きを、という形で」と提案してくれたのだ。美咲は少し迷ったが、この人を信じてみようと思った。


「いらっしゃいませ……」


玄関で出迎えた美咲の後ろから、祖母のトメが「どちら様だい?」と怪訝な顔で顔を出す。リビングに通された森さんを、祖父の健一は遠巻きに、黙って見ている。家の空気が、ぴりりと緊張するのが分かった。


「改めまして、森です。今日はお時間いただき、ありがとうございます」


森さんは、リビングの椅子に浅く腰掛けると、にこやかに言った。そして、自分がなぜこのような活動をしているのか、AIというのがどういうものなのかを、難しい言葉を一切使わずに、美咲たちにも分かるように話し始めた。


「AIって言うと、なんだか難しくて冷たいものに聞こえるかもしれませんね。でも僕は、魔法のランプに出てくるジーニーみたいなものだと思ってるんです。ご主人の願いを叶えてくれる、忠実な僕(しもべ)です。ただ、ジーニーにお願いするとき、『金持ちにしてくれ!』だけじゃ、どういうお屋敷に住んで、どんな服を着たいかまでは伝わらないですよね。それと同じで、AIにも上手な『お願いの仕方』がある。その呪文の唱え方を覚えるお手伝いをするのが、僕の仕事なんです」


その会話は、二階の日菜の部屋まで、微かに聞こえていた。


誰か来てる。知らない男の人の声。お母さんが、また余計なことを……。


日菜は耳を塞ごうとした。けれど、森さんの穏やかな声と、「魔法のランプ」「ジーニー」という意外な言葉に、つい聞き耳を立ててしまう。


「AIは、あくまで道具です。どんなに性能の良い絵筆でも、それ自体が絵を描くわけじゃない。大切なのは、それを使う人の心です。日菜さんが、心の中にどんな世界を持っているのか。AIは、それを映し出す鏡にも、表現するための絵筆にもなってくれるんです」


絵筆、という言葉が、日菜の胸に小さく響いた。ほこりをかぶった、自分のイーゼルを思い出す。


しばらくして、森さんがリビングのドアを開け、廊下に出てくる気配がした。そして、日菜の部屋のドアの前で、足音が止まる。日菜は息を殺した。来る。何か言われる。


「日菜さん、聞こえてるかな。僕は内といいます」


ドア越しに、先ほどの穏やかな声がした。


「無理にとは言わないよ。でも、もし良かったら、君が頭の中で思い描いている世界を、言葉にして僕に教えてくれないかな。どんなに些細なことでもいいんだ。『静かな夜』とか、『星が降る森』とか。君の心の中にあるその言葉を、僕が魔法の呪文に変えてみるから。そのお手伝いを、させてほしい」


部屋の中は、しんと静まり返っていた。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。お母さんも、おばあちゃんも、きっと息を殺してこちらを見ている。期待されている。そのプレッシャーに、またドアを固く閉ざしてしまいたくなる。


でも。


でも、あのサイトで見た、不思議で美しい世界。


あれが、自分の言葉から生まれるとしたら……。


日菜は、ベッドの脇に置いてあったメモ帳を一枚破ると、震える手で、えんぴつを握った。何度も書いては消し、ようやく、数文字を書き記す。そして、ゆっくりと床に膝をつき、ドアの下の隙間から、小さく折りたたんだその紙を、そっと外へ押し出した。


廊下で、森さんが「おっ」と小さく声を上げるのが聞こえた。紙を拾い上げる、かすかな音。


美咲は、祈るような気持ちでその光景を見守っていた。森さんは、ゆっくりとそのメモを開くと、ふわりと優しく微笑んだ。そして、美咲にも見えるように、そのメモを掲げた。そこには、少女らしい、少し震えた文字で、こう書かれていた。


『誰もいない、海の底の図書館』


「……素敵な呪文だ。ありがとう、日菜さん」


森さんはそう言うと、持参していたノートパソコンを開いた。そして、ドアの向こうにいる日菜にも聞こえるように、わざと少し大きな声で、実況を始める。


「よし、じゃあ早速、この呪文を唱えてみようか。まず、この言葉を英語にするんだ。『a library at the bottom of the sea, nobody, quiet, fantastic』……うん、こんな感じかな。それに、光の感じ……『sunbeams shining through the water』、水を通して光が差し込む、とか。絵のタッチを指定する言葉も加えるともっと良くなる。『detailed, cinematic lighting』。さあ、これでどうだ」


森さんがエンターキーを押す。パソコンが、うなるような小さな音を立てて計算を始めた。数秒か、数十秒か。永遠のように長い沈黙の後、森さんが「ああ、できた」と声を上げた。


「日菜さん、できたよ。君の呪文で、こんな世界が生まれた」


『誰もいない、海の底の図書館』
『誰もいない、海の底の図書館』

森さんは、ノートパソコンの画面を、日菜の部屋のドアの方に向けた。


中から、何の反応もない。


もう、興味を失ってしまったのだろうか。美咲の心に、再び不安がよぎった、その時だった。


カチャリ。


小さな、本当に小さな音がした。日菜の部屋のドアの、鍵が開く音だった。


そして、ドアが、ほんの数センチだけ、ゆっくりと開いた。


その隙間から、不安と好奇が入り混じった一つの瞳が、こちらを覗いている。日菜は、その隙間から、森さんが掲げるパソコンの画面を、食い入るように見つめていた。


画面に広がっていたのは、紛れもなく、日菜が心の中にだけ思い描いていた世界だった。どこまでも広がる、静謐な青。天井まで届く本棚が、海底の岩のように並んでいる。ページが開かれたままの本からは、小さな気泡が立ち上っていた。そして、水面から差し込む光の筋が、ゆらゆらと揺れながら、ほこりのように舞うプランクトンを照らし出している。自分の想像を、遥かに超えた美しい光景だった。


「……すごい」


絞り出すような、かすれた声。


それが、日菜がこの数ヶ月の間で、家族以外の人間に対して発した、最初の言葉だった。


森さんは、待ってましたとばかりに「だろ?」と笑った。


「これは、日菜さんが作った世界だよ。AIは、君の心の中を映し出す、ただの鏡なんだから」


森さんは続けた。


「この『魔法の対話術』、つまりプロンプトの作り方を覚えれば、君はこれから、どんな世界だって創り出すことができるようになる。君だけの世界をね」


日菜は、まだドアを全開にはしなかった。隙間から森さんの顔を恐る恐る見ている。でも、その瞳には、色褪せたパレットの上では決して見ることのできなかった、確かな好奇心の光が灯っていた。


固く閉ざされていた扉に、ほんの少しだけ、隙間風が吹き込んだ瞬間だった。


第2回:私の部屋は、海底アトリエ


ドアの隙間から覗き見た、パソコンの画面に広がる『海の底の図書館』。あの衝撃が、日菜の心に焼き付いて離れなかった。自分の内にあった、言葉にならないイメージが、目の前で形になる。それは、魔法以外の何物でもなかった。


「すごい……」


日菜のかすれた声を聞いた森(もり)さんと名乗る男性は、満足そうに微笑むと、「この魔法は、君も使えるようになるよ」と言った。彼は無理にドアをこじ開けようとはせず、持っていたメモ帳にいくつかの単語を書きつけると、それをドアの隙間からそっと差し入れた。


「これは、今日僕が見せたAIと同じようなことができる、無料のツールの名前。最初は難しいかもしれないけど、今日の『呪文』を思い出して、いろいろ試してみて。もし分からなくなったら、いつでもお母さん経ていで僕に連絡していいから」


それだけを告げると、森さんは「じゃあ、また」と言って、母の美咲と共に階下へ降りていった。玄関のドアが閉まる音がして、家の中が元の静寂に戻る。日菜は、しばらくドアの隙間から廊下を眺めていたが、やがてそっとドアを閉め、再び鍵をかけた。ただし、その手つきには、以前のような頑なさや絶望感はなかった。


手の中には、森さんがくれたメモがある。『Bing Image Creator』。見慣れない文字の横に、カタカナで読み方も添えられていた。日菜はパソコンの前に座ると、ほこりをかぶっていたディスプレイの電源を入れた。パソコンを立ち上げるのは、学校のオンライン授業をサボるようになって以来、久しぶりのことだった。


教えられた通りに検索し、たどり着いたのは英語で書かれたウェブサイトだった。一瞬、うっと気後れしたが、ブラウザの翻訳機能を使えば、なんとなく意味は分かる。メールアドレスを登録するだけの簡単な手順で、日菜は自分だけの「魔法のランプ」を手に入れた。


目の前には、白い入力欄が一つだけ。プロンプト、と書かれている。ここに、呪文を唱えればいいんだ。日菜は、ごくりと唾を飲み込んだ。最初に、何を願おう。心に浮かんだのは、自分の部屋の窓から見える、武蔵新城の静かな夜の風景だった。


『静かな住宅街の夜、猫』


震える指で、覚えたての呪文を打ち込み、生成ボタンを押す。数秒のローディング。期待に胸が膨らむ。しかし、画面に現れたのは、日菜の想像とは似ても似つかない、不気味な絵だった。目が三つある猫、歪んだ電信柱、ぐにゃりと曲がった家々。まるで悪夢の一場面のようだった。


日菜の想像とは似ても似つかない、不気味な絵
日菜の想像とは似ても似つかない、不気味な絵

「……なに、これ」


ぞっとして、ブラウザを閉じてしまいたくなった。やっぱり、だめだ。私なんかに、魔法なんて使えるわけがない。失望感が、さっきまでの小さな期待をあっという間に飲み込んでいく。ベッドに倒れ込み、また毛布を頭までかぶってしまおうかと思った、その時。森さんの言葉が、頭の中で蘇った。


『ジーニーにお願いするとき、「金持ちにしてくれ!」だけじゃ、どういうお屋敷に住んで、どんな服を着たいかまでは伝わらないよね』


私の呪文は、あまりにも拙かったのかもしれない。具体的じゃなかったんだ。悔しさがこみ上げてきた。このまま終わるのは嫌だ。日菜はもう一度、パソコンの前に座り直した。今度は、もっと丁寧に、もっと具体的に、言葉を紡いでみよう。


翻訳サイトと首っ引きになりながら、言葉を探す。


『静かな』だけじゃなく、『満月の光に照らされた、静かな日本の住宅街の夜』。

『猫』だけじゃなく、『屋根の上に座る、一匹の黒猫、青い瞳』。


さらに、森さんが言っていた「絵のタッチ」も加えてみる。『アニメ風、美しい、繊細なディテール』。


祈るような気持ちで、再び生成ボタンを押す。


そして、現れた画像に、日菜は息をのんだ。


画面には、静かで、どこか懐かしい夜の風景が広がっていた。丸い月が、瓦屋根を白く照らし、その一番高いところに、一匹の黒猫が背筋を伸ばして座っている。その瞳は、まるでサファイアのように青く輝いていた。それは、日菜が思い描いていた光景、そのものだった。


「……できた」


屋根の上に座る、一匹の黒猫、青い瞳
屋根の上に座る、一匹の黒猫、青い瞳

声が震えた。胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。それは、SNSで「いいね」をもらった時の、ちくりとした痛みや優越感とは全く違う、純粋で温かい喜びだった。私が、創り出したんだ。


その瞬間から、日菜は魔法に完全に取り憑かれた。

食事も忘れ、時間を忘れ、ただひたすらに呪文を唱え続けた。


『雨上がりの紫陽花が咲く路地裏』


『夏の入道雲が浮かぶ、海辺の駅のホーム』


『星屑が降り注ぐ、巨大な樹の上にあるツリーハウス』


失敗もたくさんした。指が六本ある人物が生成されたり、意図しないものが描かれたり。でも、もう不思議と怖くはなかった。失敗は、次の呪文をより良くするためのヒントになった。言葉を一つ変えるだけで、世界はがらりとその姿を変える。部屋の隅でほこりをかぶっていた絵の具のパレットが、まるで無限の色を持つデジタルのパレットに生まれ変わったかのようだった。


その日の夕食の席、日菜はやはり部屋から下りてこなかった。いつもなら、祖母のトメが「いい加減にしなさい!」と声を荒らげるところだったが、今日は少し様子が違った。昼間の森さんとの一件、そしてドアの隙間から聞こえてきた孫娘の久しぶりの声。何かが変わり始めているのかもしれない、という予感が、トメの口を重くさせていた。


祖父の健一は、黙って箸を進めていたが、その耳は二階の気配を捉えていた。かすかに聞こえてくる、キーボードを叩く音と、マウスをクリックする音。それは、日菜が今までスマホをいじっていた時の、だらだらとした音とは明らかに違った。何かを探求するような、真剣で、規則的なリズム。


食事が終わると、健一は誰にも何も言わず、そっと席を立った。階段を上り、日菜の部屋の前に立つ。ドアには、まだ数センチの隙間が開いたままになっていた。健一は、物音を立てないように、その隙間から中をそっと覗き込んだ。


薄暗い部屋の中、パソコンのモニターの光が、孫娘の横顔を青白く照らし出していた。画面に映し出される色とりどりの世界を、日菜は食い入るように見つめている。その瞳は真剣そのものだった。口元はきゅっと結ばれ、時折「うーん」と考え込むように唸ったり、「そうじゃない…」と小さく呟いたりしている。


健一は、その姿に、遠い昔の自分を重ねていた。建具職人として工房にこもり、カンナで木材の表面を削り、ミリ単位の狂いもないように木を組み上げていた頃の自分。一つのものを作り上げるために、寝食も忘れて没頭したあの感覚。孫娘は今、自分と同じ「ものづくり」の顔をしている。それが、パソコンという現代の道具を使っているだけのことだ。


健一は、胸の奥が温かくなるのを感じた。心配で、どう声をかけていいかも分からなかった孫が、今、自分の力で何かを掴もうとしている。健一は何も言わず、音を立てないようにその場を離れた。今は、ただ静かに見守るのが一番いい。


その夜、日菜は気づけば、百枚近い画像を生成していた。パソコンの中に作られたフォルダを開くと、そこは日菜だけの秘密の美術館になっていた。『機械仕掛けの蝶が舞う、時計塔の内部』『オーロラがカーテンのように揺れる、氷の宮殿』『忘れられた古代遺跡に根を張る、光るキノコの森』。


誰かに見せるためじゃない。誰かに評価されるためでもない。ただ、自分の心の中にある世界を、この手で創り出せたという事実が、乾ききっていた日菜の心をじんわりと満たしていった。SNSの「いいね」の通知にあれほど怯えていた自分が、今は誰の評価も必要としない創作に、心の底からの喜びを感じている。


日菜は、生成した画像の中から、一番のお気に入りを選んでデスクトップの壁紙に設定した。それは、最初に森さんと一緒に創り出した、『海の底の図書館』だった。静かな青い世界が、モニターいっぱいに広がる。


「私の部屋は……」


日菜は、ぽつりと呟いた。


「もう、ただの部屋じゃない。ここは、私のアトリエだ」


『海底アトリエ』。


そう心の中で名付けると、ほんの少しだけ、自分が誇らしく思えた。自分の居場所が、この六畳間の部屋に、ようやくできた気がした。その夜、日菜は久しぶりに、悪夢を見ずに、深く穏やかな眠りについた。窓の外では、武蔵新城の街が静かな寝息を立てていた。


武蔵新城の街が静かな寝息を立てていた
武蔵新城の街が静かな寝息を立てていた

第3回:フィルターのいらない、私の世界


日菜の部屋が『海底アトリエ』になってから、数週間が過ぎた。季節は六月の梅雨空から、時折強い日差しが差し込む七月へと移り変わろうとしている。窓の外で鳴き始めた蝉の声が、まるで別世界の響きのように聞こえた。日菜の世界は、パソコンのモニターの中にあったからだ。


AIという魔法の絵筆は、日菜の心の中にある風景を、次々と現実のものに変えてくれた。しかし、何十枚、何百枚と幻想的な世界を創り出すうちに、日菜はかすかな物足りなさを感じ始めていた。どの世界も、あまりにも完璧で、美しすぎて、そして、誰もいない。がらんどうの舞台装置のようにも思えた。


「この世界に……」


日菜は、お気に入りの一枚である『雲の上に浮かぶ、古代図書館』の画像を眺めながら呟いた。


雲の上に浮かぶ、古代図書館
雲の上に浮かぶ、古代図書館

「この世界に、誰か、いたら……」


物語が、そこに住む人がいてこそ完成するように、この美しい世界にも、息吹を吹き込む存在が必要な気がした。AIに「girl」や「boy」と呪文を唱えれば、人物を生成することはできる。しかし、AIが描く人物は、どこか魂のない人形のように見えた。それに、他人が作ったような顔の人物を、自分の世界に置きたくはなかった。


その時、ふとクローゼットの奥に仕舞い込んだ、段ボール箱の存在を思い出した。小学生の時、誕生日プレゼントに買ってもらったペンタブレット。当時は数回使っただけで、思うように線が描けずに、すぐに飽きてしまったものだ。日菜は椅子から立ち上がると、その箱を引っ張り出してきた。ほこりを払い、USBケーブルをパソコンに繋ぐ。専用のペンを握ると、少しひんやりとした感触が懐かしかった。


ペイントソフトを立ち上げ、AIで生成した『雲の上の図書館』を下絵として読み込む。そして、タブレットの上にペンを滑らせた。最初は、線が震えた。円は歪み、直線は曲がった。やっぱり無理だ。そう思った時、ふと気づいた。背景を描く必要がない、という事実に。


一番苦手で、時間がかかって、途中で嫌になってしまう背景の作業。それが、AIのおかげで、まるごと省略されている。日菜がすべきことは、この壮大な世界に、たった一人、キャラクターを描き加えることだけだった。その事実に気づいた途端、心がふっと軽くなった。


外見コンプレックスから、人の顔を描くことには強い抵抗があった。鏡の中の自分も、SNSの中のキラキラした他人も、見たくも描きたくもなかった。でも、この幻想的な世界になら、リアルな人間は似合わない。日菜は、図書館のアーチ状の窓辺に、小さな、後ろ姿の少女を描き始めた。顔は見えない。ただ、膝を抱えて、眼下に広がる雲海を眺めているだけ。銀色の長い髪が、風に少しだけなびいている。


描き終えた瞬間、日菜は「あっ」と声を上げた。AIが作った壮大な世界と、自分の拙い手で描いた小さなキャラクター。その二つが組み合わさった時、絵は初めて、一つの物語になった。がらんどうだった世界に、確かな感情が生まれたのだ。寂しさ、憧れ、静かな決意。見る人によって、いろんな気持ちを想像させるような、そんな一枚が完成した。


これだ。これなら、私にも描ける。


それから日菜は、AIと手描きの融合という、自分だけの創作スタイルに没頭した。AIに壮大な舞台を用意させ、そこに自分の分身のような、顔のない、あるいはデフォルメされた小さなキャラクターを登場させる。それは、現実の自分とは違う「もう一人の自分」を、フィルターのいらない世界に解き放つような、神聖な作業だった。


作品が溜まっていくうちに、日菜の中に新しい感情が芽生え始めた。この世界を、誰かに見てほしい。この物語を、誰かと分かち合いたい。以前の自分なら、絶対に考えられなかったことだった。SNSは、自分を他人と比較し、苦しめるための道具でしかなかったからだ。


でも、今なら。


日菜は、一瞬ためらった後、X(旧Twitter)のアカウント作成画面を開いた。これは「桜井日菜」じゃない。『Umi_no_Soko』(海の底)という、一人の作家のアカウントだ。そう自分に言い聞かせると、恐怖心は和らいだ。プロフィール欄には何も書かず、ただ、完成したばかりの『星空を眺める少女』の絵を投稿した。ハッシュタグに「#AIart」「#illustration」とだけ添えて。


星空を眺める少女
星空を眺める少女

最初の数日は、何の反応もなかった。広大なネットの海に放たれた、小さな小瓶のようなものだ。それでいい、と日菜は思った。ただ、自分の作品がそこにある、というだけで満足だった。


変化が起きたのは、投稿から三日目の夜だった。通知が一件。開くと、海外のユーザーからだった。『Beautiful world!』。たったそれだけのコメントが、日菜の心を温かく照らした。私の世界が、海の向こうの、顔も知らない誰かに届いた。


それを皮切りに、ぽつり、ぽつりと反応が増え始めた。数十だったインプレッションは、数百、数千へと増えていく。「いいね」の数も増えたが、日菜が嬉しかったのは、そこに寄せられるコメントだった。


『この世界観、すごく好きです。心が落ち着きます』

『どうやって描いているんですか? AIと手描きの組み合わせ? 素晴らしい発想ですね!』

『この窓辺の子は、何を考えてるんだろう。ずっと見ていられます』


加工した自撮り写真につく、上辺だけの「カワイイ!」とは全く違う。作品そのものに向けられた、純粋な感想や問いかけ。日菜は、一つ一つのコメントを、宝物のように何度も読み返した。自分の「好き」が、自分の内側にある世界が、見ず知らずの誰かに確かに届き、その人の心を動かしている。その実感が、じわりじわりと、日菜の自己肯定感を育んでいった。


ある日の午後、日菜がペンタブレットで夢中になって絵を描いていると、コンコン、と控えめなノックの音がした。珍しいことだった。いつもは階下から怒鳴るか、無言で食事が置かれるだけなのに。


「……はい」

「日菜? お母さんだけど……入っても、いいかな」


おずおずとした母・美咲の声に、日菜は少し戸惑ったが、「うん」と短く答えた。ドアがゆっくりと開かれ、美咲が顔を覗かせる。そして、娘がパソコンの前でペンを握っている姿と、画面に広がる幻想的な絵を見て、言葉を失った。


「あなた……絵を、描いてたの……?」


その声は、震えていた。美咲の目には、みるみるうちに涙が溜まっていく。日菜が、また絵を描いてくれている。ただそれだけの事実が、美咲にとっては、何か月も止まっていた時間が、再び動き出した証のように思えた。


「別に……」


日菜は照れ臭くて、ぶっきらぼうに答える。でも、母の涙を見て、嫌な気はしなかった。


その日から、桜井家の空気は、少しずつ、だが確実に変わり始めていた。


日菜は、ふと自分のスマートフォンの設定画面を開き、Xの通知をオフにした。もう、誰かの反応に一喜一憂する必要はない。自分が創りたいものを、創りたい時に創る。そして、それを静かに世界へ放つ。反応は、後からついてくればいい。


フィルターのいらない、ありのままでいられる世界。

私はもう、それを持っているのだから。


日菜は新しいキャンバスを開くと、ペンを握った。窓の外では、夕立の後の虹が、武蔵新城の空にうっすらとかかっていた。


第4回:武蔵新城の小さな奇跡


日菜の『海底アトリエ』での創作活動は、桜井家の日常に静かな変化をもたらしていた。以前は家中に漂っていた重苦しい沈黙は消え、代わりに日菜の部屋から漏れるかすかなクリック音と、時折聞こえる母・美咲と祖母・トメの穏やかな会話が、その空間を満たすようになっていた。


その変化を誰よりも敏感に感じ取っていたのが、祖父の健一だった。元・建具職人の彼は、孫娘が単にパソコンで遊んでいるのではないことを見抜いていた。日菜がやっているのは、現代の道具を使った、紛れもない「ものづくり」だった。デザインを考え、構図を練り、色を選び、細部を仕上げていく。そのプロセスは、健一がかつて木材と向き合い、鉋(かんな)をかけ、寸分の狂いなく組木を仕上げていった作業と、本質的には何も変わらない。


健一が特に注目していたのは、日菜がペンタブレットを使い始めたことだった。AIという自動の機械に頼るだけでなく、自分の「手」で線を描き加えている。その一点が、健一の職人魂を強く揺さぶった。手仕事の温かみ、不完全さこそが、作品に魂を宿すのだと、彼は経験から知っていた。


梅雨の晴れ間、強い日差しがアスファルトの湿気を乾かしていくような、ある火曜日の昼下がり。健一は意を決して、日菜の部屋のドアをノックした。

「日菜、わしだ。少し、いいか」

中から「……なに?」と、ぶっきらぼうだが拒絶ではない返事が返ってくる。健一はゆっくりとドアを開けた。日菜は驚いた顔でこちらを見ている。健一が部屋に入ってくるのは、引きこもって以来、初めてのことだった。


健一は、日菜のパソコンの画面に映し出された、色鮮やかな世界に目を細めた。そして、静かに、だが強い意志のこもった声で言った。

「日菜。その絵を、紙に印刷してみてくれんか」

「え……? 紙に?」

「ああ。画面で見るのもいいが、わしは、手で触れられる『モノ』として、お前の作品が見てみたい」


日菜は戸惑った。自分の絵は、モニターの中で完結している世界だ。それを現実世界に持ち出すなんて、考えたこともなかった。でも、祖父の真剣な眼差しに、断ることはできなかった。


その日の夕方、日菜は母の美咲に頼み、コンビニのネットプリントサービスで、自分の作品を数枚、A4の光沢紙に印刷してきてもらった。帰ってきた美咲から写真用紙を受け取ると、日菜は自分の部屋で、息をのんだ。

モニターの光を通して見るのとは全く違う。紙の質感、インクの匂い、手に持った時のわずかな重み。それは、紛れもなく「モノ」としての存在感を持っていた。自分の内なる世界が、現実の物質として目の前にある。その事実に、日菜は新鮮な感動を覚えていた。


印刷された絵を、健一は自分の部屋の机に広げ、眼鏡をかけて、しげしげと眺めた。そして、深く刻まれた皺の目元を和らげ、満足そうに呟いた。

「……うん。これは、ただの綺麗な絵じゃないな。心がこもってる。お前が、この絵に込めた気持ちが、伝わってくるようだ」


その言葉は、SNSで貰う何百の「いいね」よりも、日菜の心に深く、温かく染み渡った。


翌日、健一は、印刷された数枚の絵を大事そうにファイルに挟むと、杖を片手に家を出た。向かったのは、武蔵新城のサンモール商店街にある、昔ながらの文房具店『さかくら文具店』だ。店主の坂倉さんとは、もう四十年以上の付き合いになる。


「坂倉さん、ちょっと見てくれよ」

健一は、カウンターで伝票整理をしていた坂倉さんに、得意げにファイルを広げた。

「ほう、桜井さん。どうしたんです? って、うわ、こりゃまた綺麗な絵ですね。写真ですか?」

「違う違う。うちの孫が描いたんだ」

「ええっ、日菜ちゃんが!? あの子がこんな絵を……すごいじゃないですか!」

坂倉さんは絵を一枚一枚手に取り、その独創的な世界観と、AIと手描きが融合した不思議なタッチにすっかり感心していた。


しばらく絵を眺めていた坂倉さんは、何かを思いついたように顔を上げた。

「そうだ、桜井さん。もし良かったら、この絵、うちの店でポストカードにして売ってみませんかい? こんな素敵な絵、きっと欲しい人がいますよ。売れた分は、ちゃんと日菜ちゃんのお小遣いになるようにしますから」


その思いがけない提案に、健一の顔がぱあっと明るくなった。


その日の夜、健一は興奮気味に、坂倉さんとの話を日菜に伝えた。しかし、日菜の反応は、健一が期待したものとは違った。

「無理だよ! 絶対に嫌だ! 私の絵を、お店に並べるなんて……恥ずかしい……」

日菜は顔を真っ赤にして、強く拒絶した。SNSという匿名の海ならまだしも、商店街という、顔見知りが大勢いるリアルな世界に自分の作品を晒すなんて、考えただけで心臓が縮み上がりそうだった。自分の内面を、丸裸にされるような気がした。


部屋に閉じこもってしまった日菜の元へ、母の美咲がそっとやってきた。

「日菜。おじいちゃんね、今日、本当に嬉しそうだったよ。日菜の絵を、自分のことみたいに誇らしそうに坂倉さんに見せてたって。おじいちゃんのためにも、ほんの少しだけ、勇気を出してみない?」

美咲の優しい言葉に、日菜の心は揺れた。いつもは口数の少ないおじいちゃんが、自分の絵を……。恥ずかしい。怖い。でも、おじいちゃんのその気持ちを、無下にはしたくなかった。


数日後。『さかくら文具店』の入口に一番近い、回転式のカード什器の一角に、五種類のポストカードが並べられた。日菜が描いた『海の底の図書館』や『星空を眺める少女』たちだ。カードの隅には、小さく『Artist: Umi_no_Soko』という札が添えられていた。


日菜の作品が、初めて武蔵新城の街に並んだ。

買い物帰りの主婦が、学校帰りの女子高生が、ふと足を止め、そのカードを手に取っていく。「あら、綺麗ね」「この絵、なんだか癒されるわ」。そんな声が交わされるのを、日菜はまだ知らない。


その日の夕方、健一が『さかくら文具店』の袋を提げて帰ってきた。そして、無言で日菜に小さな包みを差し出す。中には、店に並んでいるものと同じポストカードが一揃え入っていた。日菜は、その一枚を手に取った。ざらりとした紙の感触。自分の名前ではない、アーティスト名。


それは、武蔵新城という街で起きた、本当に小さな、でも確かな奇跡だった。まだ部屋のドアは開けられないけれど、自分の世界は、確かに外と繋がった。日菜はポストカードを胸に抱きしめ、窓の外に広がる、見慣れた街の景色を、いつもより少しだけ、優しい気持ちで眺めていた。


第5回:三世代の絵筆、夏祭りの空に


七月も下旬に差しかかり、武蔵新城の街は本格的な夏の暑さに包まれていた。日菜のポストカードは『さかくら文具店』の隠れた人気商品となり、祖父の健一が「今日は五枚も売れたぞ」「女子高生が『この絵、エモい』と言っておった」と嬉しそうに報告に来るのが、桜井家の日課のようになっていた。自分の創り出した世界が、すぐそこの商店街で誰かの手に渡っている。その事実は、日菜の心を静かに、しかし確実に満たしていた。


その穏やかな日常は、一本の電話によって、大きなうねりへと変わる。ある日の昼下がり、店主の坂倉さんから、興奮した様子の電話が健一の元へかかってきたのだ。

「桜井さん、大変なことになりましたよ! 商店街組合の会長が、日菜ちゃんの絵をいたく気に入ってくださって……!」


その日の夕食後、健一は改まった様子で、日菜、母の美咲、祖母のトメをリビングに集めた。そして、坂倉さんからの伝言を、少し誇らしげな、それでいて緊張した面持ちで伝えた。

「商店街組合から、正式な依頼だ。八月に開かれる、武蔵新城の夏祭りの……公式ポスターとチラシのデザインを、日菜に頼みたい、と」


一瞬の沈黙。

日菜は、健一が何を言っているのか理解できなかった。夏祭り。ポスター。私が?

意味が頭の中で結びついた瞬間、全身の血の気が引いていくのが分かった。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。


「む、無理……無理だよ、絶対に無理!」

日菜は叫んでいた。

「私の絵が、街中に……? 駅とか、お店とか、全部に貼られるってこと……? みんなに、見られるなんて……」


SNSの、顔の見えない匿名の世界とは訳が違う。これは、自分が生まれ育った街。同級生も、近所の人も、みんなが見る。その視線に、評価に、自分は耐えられない。期待に応えられなかったらどうしよう。変な絵だと思われたらどうしよう。恐怖が津波のように押し寄せ、せっかく取り戻しかけていた自信を、いとも簡単に飲み込んでいく。


日菜はリビングを飛び出し、自分の部屋に駆け込むと、力任せにドアを閉め、鍵をかけた。そして、パソコンの電源を強制的にシャットダウンする。もう何も見たくない。何も創りたくない。再び、固い殻の中に閉じこもってしまった。


リビングでは、深刻な空気が流れていた。

「ほら、言わんこっちゃない。あの子には、重荷すぎたんだよ」

トメが、心配そうな顔で呟く。

「いや、これは好機だ」

健一が、力強く反論した。「あの子には才能がある。わしらが信じて支えてやらんでどうする。これは、あの子が社会と繋がる、大きなきっかけになるかもしれんのだぞ」

「でも、日菜が苦しんでいるのに……」

美咲は、娘の苦しみを思うと胸が張り裂けそうだった。どうするのが、この子にとって一番良いのだろう。迷った末、美咲は顔を上げた。

「……断ろう。日菜があんなに苦しむくらいなら、私が組合の会長さんに頭を下げてくる。それでいい」


その美咲の言葉が、ドアの向こうでうずくまっていた日菜の耳に、微かに届いた。

お母さんが、頭を、下げる……?

私の、せいで……?

それは、ダメだ。それだけは、絶対にダメだ。


しばらくして、日菜の部屋のドアが、そっとノックされた。美咲だった。

「日菜。無理しなくて、本当にいいんだからね」

ドア越しの声は、どこまでも優しかった。

「日菜がどんな絵を描いたって、たとえ何も描けなくたって、お母さんはずっと日菜の味方だから。もし……もし、やるっていうなら、日菜の好きなように、自由に描けばいい。組合の人に何か文句を言われたりしたら、その時は、お母さんが全部受け止めて、代わりに謝るから」


失敗してもいいんだ。

その言葉が、氷のように固まっていた日菜の心を、少しだけ溶かした。

続いて、健一の低く、落ち着いた声が聞こえた。

「そうだぞ、日菜。これは、お前一人の仕事じゃない。わしも手伝う。桜井家の看板を背負って、一緒にやるんだ」


一人じゃない。

美咲は、日菜が信頼している森さんにも、オンラインで相談してみることを提案した。震える手でパソコンを立ち上げ、ビデオ通話をつなぐと、画面の向こうの森さんは、日菜の顔を見るなり優しく微笑んだ。

「大変なことになったね。でも、すごいことだよ。日菜さんの絵が、街の人たちの心を動かしたんだから」

日菜がプレッシャーで押しつぶされそうだと訴えると、森さんは頷いた。

「ポスターは、一人の天才が作るものじゃない。アートディレクターが、いろんな専門家を集めて、チームで作るものなんだ。日菜さんは、その中心にいるアートディレクターだよ。一人で全部背負わなくていい。君には、お母さんやおじいちゃんという、最高のチームがいるじゃないか」


アートディレクター。チーム。

その言葉が、日菜の肩の荷を、すっと軽くしてくれた。

日菜は、涙で濡れた顔を上げた。そして、ドアに向かって、か細い、でも確かな声で言った。

「……やって、みる」


その一言で、桜井家は、夏祭りのポスターを制作する「チーム」になった。リビングのテーブルが、作戦司令室へと姿を変える。


まず、アートディレクターの日菜が、AIという最新鋭の絵筆を握った。「夏祭りの、わくわくする感じ」「提灯の灯りがどこまでも続く、幻想的な夜道」「子供たちの笑顔」。家族からの意見を呪文(プロンプト)に変え、次々とイメージを生成していく。


次に、チーム最年長の職人、健一の出番だった。健一は庭先で大きな和紙を広げ、静かに墨をする。精神を統一し、一気に筆を走らせた。書き上がったのは、熟練の技と気迫がこもった、力強い「武蔵新城 夏祭り」の六文字。


最後に、チームのまとめ役である美咲が、それらを一つの形にしていく。日菜のビジュアルと、健一の書をスキャンしてパソコンに取り込む。地域の誰もが見やすいように、日時や場所の情報を丁寧に配置し、そして、この街で暮らす生活者としての視点から、温かいキャッチコピーを考えた。


「この街の夏が、ここにある。」


その言葉を、横から覗き込んでいたトメが「あら、いい言葉じゃないか。なんだか、お祭りに行きたくなるねぇ」と呟いた。


夏の夜、桜井家のリビングのパソコン画面に、ポスターのラフデザインが表示されていた。日菜の描く幻想的な夜空に、健一の力強い書が踊り、美咲の優しい言葉が寄り添っている。それは、最新のAIアートと、日本の伝統的な書、そして家族の温かい心が融合した、世界で一枚しかない作品だった。


それを見つめる、日菜、美咲、健一、そしてトメ。四人の顔には、疲労と共に、この上ない達成感と安堵の笑みが浮かんでいた。

もう日菜は一人ではない。バラバラだった家族は、この一枚の絵を通して、これまでで最も固い絆で結ばれていた。

武蔵新城の夏祭りは、もう、始まっているのかもしれなかった。


武蔵新城 夏祭り
武蔵新城 夏祭り

最終回:最高の武器は、学び続ける私


八月、桜井家が三世代の力を結集して作り上げた夏祭りのポスターは、まるで街に魔法をかけるように、武蔵新城の至る所に貼り出された。駅のコンコース、商店街のアーケード、地域の掲示板。日菜は母の美咲と祖父の健一に付き添われ、夕暮れの街を歩いた。自分の絵が、見慣れた街の風景に溶け込んでいる。その光景は、恐怖よりも遥かに大きな、胸が熱くなるような誇らしさで、日菜の心を震わせた。


夏休みが明け、久しぶりに学校へ向かう足取りは、まだ少し重かった。けれど、何かが決定的に違っていた。廊下で、かつて疎遠になってしまった友人グループの中心だったミサキが、日菜を見つけて駆け寄ってきた。

「桜井さん! あの夏祭りのポスター、すごいね! 絵、描いてたんだ!」

その声には、何の屈託もなかった。日菜は一瞬、息をのんだが、もうフィルターをつけた笑顔を作る必要はなかった。少し照れながら、まっすぐに相手の目を見て、はっきりと答える。


「……うん。ありがとう」


たったそれだけの、自然な会話。その瞬間、日菜と世界を隔てていた透明な氷の壁が、夏の光を浴びて、音もなく溶けていくのを感じた。


そして、夏祭り当日。

夕方、日菜は自分の部屋で、クローゼットの奥に仕舞っていたお気に入りのワンピースに着替えた。鏡に映る自分は、隈もなく、少しだけ緊張した、ごく普通の中学生の顔をしていた。

リビングに下りると、家族全員が待っていた。

「行ってくる」

日菜がそう言うと、美咲も、健一も、そして祖母のトメも、満面の笑みで「いってらっしゃい」と送り出してくれた。


一人で向かう祭りの会場。人混みはまだ少し怖いが、提灯の温かい灯り、ソースの焼ける香ばしい匂い、子供たちの弾けるような笑い声。そして、あちこちで自分たちの作ったポスターやチラシを嬉しそうに眺めている人々。その全てが、日菜を優しく歓迎してくれているようだった。


神社の境内で、少し人の輪から離れてその光景を眺めていると、ふいに後ろから声をかけられた。

「見事なポスターだったね。君が、この街の夏を、もっと特別なものにしたんだ」

振り返ると、人混みの中でもすぐに分かる、穏やかな笑顔の森さんがいた。

「森さん……」

「自分の足で、ここまで来たんだね。えらいよ」

森さんは、日菜の成長を心から喜んでくれているのが伝わってきた。

「AIはすごい魔法だけど」と森さんは続けた。「でもね、日菜さん。君を本当に変えたのは、AIじゃない。AIという道具を使いこなそうと、諦めずに試行錯誤し、工夫し、学び続けた、君自身の力だよ。その『学び続ける力』こそが、本当の魔法で、君のこれからの人生を支える、最高の武器なんだ」


その言葉が、日菜の心の真ん中に、まっすぐに届いた。

そうだ。私を救ったのは、ツールじゃない。もっと知りたい、もっと上手くなりたいと願い、行動し続けた、私自身の意志だったんだ。涙が、頬を伝った。でもそれは、もう悲しい涙ではなかった。


やがて家族と合流し、祭りのクライマックスである花火を見るために、少し離れた河川敷へと向かった。

ヒュルルル……という音の後、夜空に大輪の花が咲く。赤、青、緑、金。次々と打ち上げられる光のシャワーが、並んで空を見上げる桜井家の四人を照らし出す。

日菜の隣には、満足そうに頷く健一。その隣で、ハンカチで目頭を押さえるトメ。そして、日菜の肩を優しく抱き寄せる美咲がいる。


「ねえ、お母さん」

花火の音に負けないように、日菜が美咲の耳元で言った。

「私、明日から……」


その先の言葉は、夜空に響く大きな音にかき消された。

それが、学校のことなのか、次の創作のことなのか、あるいは全く新しい何かなのか。それは、まだ誰にも分からない。


でも、夜空を見上げる日菜の瞳が、もう迷いのない、希望に満ちた輝きで未来を見据えていることだけは、確かだった。彼女の『海底アトリエ』の扉は、もう、無限に広がる世界へと、完全に開かれたのだから。


祭りのクライマックスである花火
祭りのクライマックスである花火

(了)

川崎市の引きこもり支援|AIで未来を描いた少女の物語



【かわさき楽AIサポート】のご案内


日菜とご家族の物語を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


この物語はフィクションですが、描かれている悩みや葛藤、そして未来への希望は、決して特別なものではありません。


「うちの子も、学校や社会との繋がりを見失っている…」

「新しいことを学びたいけど、何から始めればいいか分からない」

「ITやAIという言葉に、どうしても苦手意識を持ってしまう」


もし、あなたや、あなたの大切な方が同じような悩みを抱えているなら、今度はあなたが、あなたの物語の一歩を踏み出す番かもしれません。


『かわさき楽AIサポート』は、日菜を支えた森さんのように、一人ひとりの心に寄り添い、その人だけの「好き」や「得意」を見つけ出すお手伝いをします。


AIやプログラミングは、難しい専門知識ではありません。正しく使えば、それはあなたの好奇心や創造性をどこまでも広げてくれる、最高のパートナーになります。


お子様の学習支援・才能開花に(AIアート、動画編集、ゲーム制作など)

ご自身のスキルアップ・学び直しに(業務効率化、趣味の創作活動など)

ご家族のコミュニケーションのきっかけに


AIは、あなたの、そしてあなたの大切な人の「好き」を、「未来を切り拓く強み」に変える、魔法の杖です。


日菜が小さな勇気で未来を変えたように、あなたも、まずはその一歩を踏み出してみませんか。

私たちは、川崎で挑戦するすべての人の、最高のチームでありたいと願っています。


ご相談は無料です。まずはお気軽にご連絡ください。




川崎市の引きこもり支援|AIで未来を描いた少女の物語

Comments


bottom of page